鹿島神宮は茨城県に鎮座する常陸の国の一宮だ。八月にゆり子と真由喜をイギリスへ見送ってから、成田から足を伸ばしてお参りした。電車の時刻のせいで参拝する時間はちょっと短かったので、焦ってお参りすることになってしまった。それが印象を損なったことがよく分かったので、もう一回ゆっくりできる日にお参りするかもしれない。
神社に着いたら、直接にご祈祷受付に行って、被災地復興祈願祭を願った。鹿島神宮で参拝者の御祈願を決まった時刻に合わせて執り行うので、ちょっと待ったら、他の参拝者が拝殿のなかで集まった。集団祈願で建設工業の人たちがお参りしたが、代表する人とちょっとお話できた。香取神宮と出雲大社を薦めてくれたので、機会があれば参拝したいと思う。香取神宮は鹿島神宮より近いが、出雲大社は遠いよね。もう一人の参拝者は、合気道の道場の開業を祈る為に兵庫県からお参りした方だった。それを考えたら、私が出雲大社まで行けると思うようになる。ご祈祷は簡素のほうだった。神職は一人だけだったし、神事はお祓いと祝詞だけだった。そして、参拝者の名前を呼びながら、お札とお下がりを配ってくれた。
鹿島神宮の御祭神は、武甕槌大神だから、剣道などとの関わりは深い。武甕槌大神は、かなり重要な神様だ。記紀神話で大活躍するが、祀る神社も多い。7月に参拝した塩竃神社の祭神の一柱は武甕槌大神だし、春日大社にも祀られる。藤原家との関係は深かったので、権力に後押しを貰った信仰だったと思える。
ご祈祷の後で、授与所で御朱印と鹿島神宮についての本を受けた。そして、境内の散策と摂社や末社の参拝に出発した。
鹿島神宮の境内には木々が聳えるので、雰囲気はいい。それに、月曜日だったからだろうが、人は余りいなかった。残念ながら、帰宅の電車に間に合う為に参拝を急ぐ必要があったので、私の気持ちが落ち着けなかった。それでも境内の良さを感じた。
最初に奥宮に辿り着いたが、そのお宮で武甕槌大神荒御魂が祀られるそうだ。伊勢の神宮でも天照大神の荒御魂を祀る別宮があるが、珍しい措置だと思う。神道で和魂と荒魂についての思想は、古代には重要だったが、表舞台から隠退したようだ。私が神道の小説を書いた時、荒魂に重要は役割を与えたが、それが私の想像にすぎない。荒魂をより詳しく研究したら興味深いかもしれない。
奥宮からさらに奥に行けば、鹿島神宮の有名な要石に至る。要石というのは、大鯰の頭を抑えて、地震を抑制する石だと言われるので、最近再認識されただろう。見に行った人が皆言うけれども、本当に見たら小さな石のようだ。地面から出る部分は確かに小さいが、形は奇麗で、ただ一角に過ぎないと考えれば、地下には巨大石がある可能性は充分ある。要石の大きさを調べたことがあるだろう。勿論、掘り出すわけにはいかないが、現在の技術で掘らずに大きさをはかることができるようになったので、無理ではない。ただし、小さな石であることが分かったら、それは問題になるので、眠っている鯰を寝させたほうがいいだろう。
そして、御手洗池にも参拝した。特殊神事の場で、特徴は池の中にある鳥居と玉垣だろう。池の後ろの崖から木が池の上に伸ばすが、それも印象的だ。この池で禊を行うことがあるそうだが、それはいつかまだ調べていない。
鹿島神宮の印象は、「もう少し時間があったら、ここはいいね」という。距離的に家からそんなに遠くないが、電車でやはり時間がかかるのでもう一度参拝できるかどうか、まだ分からない。