驚嘆

辞書によると、英語の「wonder」の和訳は「驚嘆」だそうだが、このような形容詞で意味のニュアンスが違う場合は多いので、言いたいことを説明する。「驚嘆」は適切ではなければ、別な言葉を入れ替えていただければ幸い。

驚嘆は、素晴らしい存在を感覚して、圧倒される感情だ。しかし、圧倒された理由は恐怖などではない。むしろ、この存在に対して好意的に感じて、経験が長く続くのは希望だ。そして、この存在が自分の理解を超えることは多い。ただし、理解と驚嘆は反対ではない。オロラーを見れば、驚嘆を感じることは多いだろうが、オロラーは太陽から発された粒子が大気にぶつかる光であることが分かっても、驚嘆が減らない。むしろ、オロラーが宇宙の規模を表すことを把握して、驚嘆が増すこともある。大滝や山、巨岩の前で驚嘆を感じることは多い。実は、本居宣長の「神」の定義を、「驚嘆を引き起こす存在は、神という」として換言できるともいえよう。

人生には驚嘆を体験するのはよい。長く耐えられる感情ではないので、断続的に体験することだが、ないと人生から重要な要素が欠けている。

しかし、TRPGには、驚嘆を引き起こそうとするゲームは少ないようだ。興奮やホラーに基づくゲームは枚挙に遑がないが、驚嘆を中心とするゲームは稀だ。理由の一つは、驚嘆をわざと引き起こすのは難しいことだろう。それにしても、試みたいと思う。なぜなら、本当の人生で驚嘆を探すので、ゲームで探しても、人生で避けたいことはない可能性もある。つまり、本当にゲームの世界に入ったら、このような行為を行う。殆どのTRPGの世界に私が入ったら、ゲームで促進された行為を決してしない。怖いか、邪悪か、乱暴かの場合は多いからだ。

もちろん、ゲームで現実でも体験できる驚嘆を描写することには意味はない。本物を体験した方がよい。ただし、魔法や奇跡の不思議な世界を描いたら、実に体験できない驚嘆も提供できる。私は、そのようなゲームが作りたいのである。


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