金華山黄金山神社

金華山黄金山神社{きんかさんこがねやまじんじゃ}への参拝旅行は、一日の投稿で説明できないと思う。一泊だけだったが、経験溢れたので、書くには時間がかかりそうだ。

湾には島が浮かぶ金華山は、川崎市から遠い。道が五つに分けた。まず、家から東京駅まで。それに、90分がかかるが、最寄りの駅までバスなどに乗ったら短くなる。とはいえ、家を5時台に出発したので、バスはまだなかった。そして、東京駅から仙台駅だ。それにも、90分。仙台駅から石巻駅まで、また90分。電車と代行バスが仙石線を走る。そして石巻駅から鮎川港までは、バスでまた90分。最後に、船に乗って金華山に渡る。金華山は島だから、この最後の手法は必要だが、30分もかからない。

バスからの風景は奇麗だったが、海岸の街を通れば、震災の爪痕は目の前だった。昨日書いた通り、殆どの場所には片付けが終わったが、復興はまだまだこれから始まるようだった。石巻から鮎川港までの道もその証だった。バスがよく揺れたが、月曜日に帰ったら、修復整備が行われた。地震で被害を受けて、今も工事中のようだ。

咲いている桜と紅に染められたモミジ島に着いたら、「参籠」の手続きを行った。金華山黄金山神社で宿泊できるが、それは参籠と言う。私が島に到着した時点で境内が賑わっていたが、参籠するのは私一人だったので、参拝者の団体が本土に戻ったら、私と職員だけになった。

咲いている桜の後ろに霧が流れる。霧の上、本土の山のてっぺんが見える。静かな境内で散策したら、澄んだ空気を吸って、まだまだ咲いている桜を見て、紅葉を楽しんで、一瞬で一年が経っても不思議ではない感覚だった。気温はちょっとひんやりだったが、雨が降らなかったし、霧が流れる風景も楽しめた。

食べる前に潔斎、つまり入浴だった。地震の被害で、大浴場が使えなくなったので、交代で小さい潔斎所を使うことになっている。黒板に時間帯と指摘が書いてあって、「5時〜6時;男子の参籠者(デビト様)」との内容だったので、私一人だったことがさらに明らかになった。

晩御飯も、大広間ではなく、寝室の一つに食べた。旬のものと海の幸だったが、神職の一人がしばらくの間一緒に座ってくれて、大震災の時の話とか、神社の話など聞かせてくれた。金華山は震源地に一番近い有人島だそうだから、揺れは本当に恐ろしかったそうだ。東京での体験は本当に些細なことだったと実感した。確かに、境内のあちこちでまだまだ被害が見えたので、復興を応援したい。

月曜日の祭祀は総長から始まったので、日曜日には早寝して、翌日に必要な力を備えた。


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