神道の特徴の一つは稲である。つまり、お米が中心的な役割を担うことだ。この重要性は、日供の祭りからも見える。神前に供える神饌の中心は、お米である。そして、お酒も供えられる。お酒はお米から作られたのは言うまでもない。家庭祭りの神棚にもお米などを供える。実は、普通の祭りだけではなく、特別な祭りでも、お米は供えられる。例外はあると確信するが、非常に少ない。そして、注連縄は、稲藁から作成される。聖域の境を表記するためには、稲は使用されている。

稲の重要性は神饌には限らない。季節の移ろいに伴う祭祀も、稲を中心とする。祈年祭は豊穣を願うので、稲が明記されていない。一方、種を蒔く祭りもあるし、収穫の始まりを代表する拔穂祭も重要である。そして、その間に斎行されるお田植えの重要性は格別である。多くの神社で行われ、国の重要無形民俗文化財になる例も少なくない。お田植えの神事は、猪苗を田んぼに移す行為を中心とするので、稲の役割は明らかだ。そして、秋に斎行される新嘗祭や神嘗祭は、獲得できたお米を神様に供えることを中心とする。

神話にも出てくる。素戔嗚命が八岐大蛇から救う櫛稲田姫は、稲田を象徴する神様であると思われている。そして、天孫降臨の場合、斎庭の稲穂の神勅がある。それは、天照大神が邇邇芸尊に自分の斎庭で耕された稲を授けて、これを食料とするように命じる神勅である。

稲作やお米、ご飯や水田、水稲などを重視する儀式は、神道の要素を携えると言える。しかし、ご飯を食べることは、神道と密接するとは言えないと思う。まずは、中国や東南アジアでもお米は主食だが、神道とは関係はない。そして、現在の神道で、直会にはご飯があることは少なくなっている。お神酒があるので、酒の形でお下がりに入るが、ご飯を食す自体は神道の特徴ではないだろう。

ところで、この特徴は、神道の歴史が弥生時代以降に始まると考えられる理由の一つである。弥生時代に大陸から稲作が日本に伝来したので、それ以前の祭祀には稲が重要な役割を担わなかったに違いない。しかし、弥生時代の考古学の成果を踏まえたら、神道の他の要素はまだ整わなかったので、神道はもう少し後で始まったと思う学者は大半であるようだ。神道には必要条件も十分条件もないからこそ、神道がいつ始まったかを断言するのは極めて難しい。

では、祭祀での稲の役割に戻ろう。大別したら、役割は二つ。一つは神様への供物で、もう一つは稲作の過程に関わる祭祀だ。この何方かを祭祀に取り入れると、神道の色が付く。


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