先日、真由喜が一年生を終えた。終業式には、1日も休まずに一年間を通した児童には皆勤賞が渡された。私は、日本語学校の時、受賞した。18ヶ月休まずにできた。しかし、ここでその考え方を批判したいと思う。
まずもって、誤解されないように、なるべく学校などに出席することは良いことであると言っておきたい。休めば、その日の教育を受けないし、全体の流れから離れるので、ついていくことが難しくなる。長く休めば、追いつくことが困難となり、そのストレスが教育へ悪影響を与える。だから、良く出席することを表彰することは悪くない。
ただし、皆勤賞を受けるために、一回も休んではいけない。だから、皆勤賞は、事情がどうなっても出席するような促進となる。それは良くないと私は思う。
まず、個人から考えれば、1日休んで、回復して、翌日に出席したほうが良い場合もある。闘病しながら出席すれば、却って病気が悪化して数日を休まなければならなくなら場合もある。そして、病気である状態で登校しても、レッスンの内容を理解することはできないし、問題とうまく取り組むこともできない。いないと大きく変わらないことは多いだろう。つまり、個人の観点から考えれば、休むべき日もあるので、その判断を紛らわす皆勤賞は良くないのである。
また、まだ個人的な立場だが、病弱の児童は受けられない。病気でもう自信が低迷する可能性があるので、その病気を問題として指摘するのはさらに良くない。
それだけではない。病気の原因は伝染病であれば、病気であっても登校すれば、他の児童に移る恐れがある。会社も同じだ。その結果、他の児童の教育に悪影響を与えたり、会社の運営を困難とさせたりする。最悪の場合、流行病を悪化させて、国まで悪影響を与えることも考えられる。確かに、明らかに伝染病がある場合、出席しないが、曖昧な場合の判断には、健康や衛生を考えて欲しいのだから、それを無視して出席するような賞は良くない。
だから、皆勤賞を撤廃するべきであると私は思う。
それでも、出席を一般的に促すと良い。だから、どうしたら良いのだろうか。一つの可能性は短期的な皆勤賞である。一ヶ月休まずにできたら、受賞する。しかし、それは同じ影響があるだろう。一年間の完璧な皆勤賞を目指すことがあるからだ。もう一つの方法は、皆勤賞ではなく、出席率は高い人を表彰することだ。経てば、一年間で99%になっている出席率を表彰する。これは、2日の休みを許すので、病気に配慮することはできる。
だが、基本的に出席を促すのは賞ではない。学校や会社の遣り甲斐である。それが増したら、教育や運営が全面的に良くなる、その難しい問題と取り組むべきだ。先生は常にそうしていると確信している。