この本は伊勢神宮崇敬会叢書19で、神宮の式年遷宮の御装束神宝の調整の話だ。木材のものから金属まで、染織の技法から漆まで、必要な技能は幅広いし、やはり素晴らしい仕事である。撤去された神宝などが博物館に譲られるか、特別展に出されるのは良いと思われる。
この本を読んで、2点が特に印象になった。
まずは、御装束神宝の確定は以外と最近のことである。現在奉献される御装束神宝は、昭和4年の式年遷宮のために定まったそうだ。戦後、神宮の経済力が弱まったため、代替品を許さなければならなかったそうだが、今次遷宮で昭和4年に近づいたという。しかし、昭和4年の御装束神宝は、延喜式の規定と大きく異なる。延喜式で規定されている御装束神宝は、現行の御装束神宝の半数程度にとどまるそうだ。確かに、千年があれば、推移を見るのは当然であるが、認める変動と認めない変動の基準は何だったかは、ちょっと調べたいと思う。明治維新で神宮の祭祀は大きく変えられたので、遷宮の詳細もそうだった可能性は十分ある。
もう一つは、遷宮の日本の伝統工芸への貢献だ。20年に1回、最高級の金物などを要求するので、技能も受け継がれるようになる。これは明らかに良いことだから、高く評価するべきだ。ただし、この本で何回も浮上することは、人手不足の問題だ。職人が足りない。数十年の経験を持つ熟練の職人ではないと、御装束神宝の作成は到底無理であるのは明らかだが、その人材を確保するのは難しいそうだ。
その場合、大正時代に始まった神宮の宮域林の計画から学ぶべきなのではないか。200年の計画を見据えて、100年前に神宮の周りの山で檜を植えて、100年先に式年遷宮に必要な材料をその山から伐採できるようになる目標だ。御装束神宝の確保に対しても同じように取り組むべきなのではないか。
特に、若手職人の支援は必要なのではないか。職人が経験を積み重ねて、御装束神宝を作るほどの腕を持っていれば、作品を売って生活は立てられるのではないかと思う。しかし、若手はまだまだそれほどではない。一方、生活はできなければ、熟練の職人に成長しない。つまり、遷宮の間、神宮が希望のある若手の作品を買ったりして、その成長を支えたほうが良いのではないか。
特に顕著になるケースもある。それは「葛編み」という技能だ。本によると、この技能は生業にならないそうだ。だから、職人の意思に頼るしかないとかいてある。これは、技能の絶滅を覚悟することと等しいと思わざるを得ない。運が良ければ、1回、2回乗り越えるだろうが、すぐになくなる。代替品を避けたいなら、神宮司庁が職人を雇って、葛編みを学ばせるべきなのではないか。確かにお金がかかるし、他の用途は多いが、御装束神宝を維持することは、優先順位としてどこにあるかを決めれば良い。予算は足りなかったら、絶滅を認めて、「この御装束神宝の継承を断念する」と潔く言うべきだろう。
私は、できれば維持してほしいのだが、個人的にそのような経済力は到底ないし、腕もないので、私は何もできない。残念ながら、御装束神宝が時の流れに乗って消え去ることを覚悟しなければならないだろう。